読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

30年間泣いていた

発達障害者が生きにくい社会についての考察や時事問題、自分&他のケース、独り言など

大学卒業した人間(+発達障害診断おまけ付き)として取り組まなきゃならないこと

(※もっと前に出そうと思ってたのに見つけられなかったやつです、、、)

 

 

f:id:htt2415:20170423003541j:plain

 

3月に大学を無事卒業しました、たこです。

 

やっと少し時間が取れたので、大卒後の所感的なものを。

半分自分語りかもしれないですが、大学に入って本当に良かったということをまず伝えたかったので。

 

障害枠での就職内容は不本意で改善が必要なのですが、本当に色々な人の支えがあってなんとか大学を卒業できたので、この学びを生かして、何とか人の役に立つ人になりたいと思います。

 


 


 

 

 

大学に入って変われた→変われた!

 

 

私の略歴は

 

高卒→専門学校→夢の一歩手前で社会生活に適応できないことに気づく

→就職できずフリーター数年→20代後半で大学へ→大学在学中に発達障害と診断される→30すぎて卒業→一般枠での就職がやはり無理だったので障害枠で就職(アルバイト雇用)

 

ざっくり言うと、こんな感じです。

 

最初は本当に目的が「なんでこんなに私は生きづらいの?」という人生ぶち当たりの疑問からだったのですが、この問題に対し、

発達障害だったという一つの答えを得たことこれからやらなきゃいけないことについて考える時間が十分にあったこと、が私の人生観を変えたと思います。

 


学問というより自分を作り変えるためさまざまな出会いに目を向けた大学生活だったので、あまり一つの事に集中して学ぶという感じではなかったけれども、学科の教授が専門領域をもたず横に広げて学ぶ人だったため、「こういう方法でもいいんだ」と思って自分も色んな科目を横に広げて学習する方向にしました。

(自分の専門はないけど話の入り口が増えたので、傾聴する姿勢がとにかく広がったと思う)

 

長年フリーターだった人間が大学に入って色々変われたのは事実です。

でも、それはいろんな人との出会いとか運がブーストした面もあります。

 
30ってもう半分人生終わってるじゃん!とかいう人はまだ頭が硬いと思う。

俗説として発達障害俗説で精神年齢3分の2説があるように、人生には適学年齢というものが個人に設定されていると思う。私はちょうど適学年齢だったので、人より多くのことに目が向けられたし、いろんな学びについて吸収しました。

 

おそらくこうした学びや継続的な姿勢を忘れたら、多分元に戻ってしまうので、常に新しい知識に触れたり何かを発信し続けることが大事だと感じています。

 

前に、「(環境的には)何も変われなかった」っていったけど、それはたぶん自分たちの世代の発達障害といわれる人本人が動かして直していかないといけない事なんです。

 

こういう考えに至る事が、高卒フリーターのままではなかったと思っています。

 

 

 

大卒として取り組まなければならないこと

大学全入時代と言われて以来、大学生の意義が問われています。

 


高校生と大学生の違いとは何なのかというと、一言で言って「社会を知る」という事に尽きます。
身の回りのサークルの先輩後輩づきあいでもいい、講師教授などとやりとりすること、バイト先の人付き合い。そうした「人」との関係が一番磨かれるのが、おそらく大学時代です。
お金も時間も交際範囲も自由になる時期、その際に考えなくてはならないのは自分の立ち位置です。
自分と付き合う人は自分を映す鏡であり、大学でもサークルでも、そこに受け入れられた居場所があるという意識を持つと人は変わります。


私は、高卒後に入った専門を卒業した後、自分の所属というものがありませんでした。
だからずっと不安定な水草みたいに、社会の底辺に根を張ることもできずただ時間も浪費していました。

フリーターだったし(今も似たようなものだけど)、社会に何かを発信する方法も知らなかったです。
大学生になれば知識が増えるし、教養があるという事が何よりの武器になります。

 

大学にストレートに入ってストレートに就職した人には、おそらく分からない次元の話です。

所属がないというのはそれくらい心が荒んで、教養もないということは社会での自分の立ち位置が掴めないという事なので、本当に辛いんです。

 

私の人生は、ストレートに人生のエスカレーターを歩んできた人には知り得ることのない人生のハードシップの連続でした。

でも、この体験を誰かに語ることで、同じようにやり直しがしたい人の手助けになるかもしれないし、自分や誰かのカタルシスにもなるかもしれない。

そんな思いから、今後は私の体験してきたことも語り部として、伝えていこうと思います。

 

 

社会は自分を写す鏡


私が現代の日本に対してどうしても言いたいのは、大卒=単純に会社に入ってお金を稼ぐ人ではない、という事です。

 

かつてロンドンでは、セツルメント運動といって貧民層の住むスラム街に地域の大学生が住み、色々な問題を解決したり地域への奉仕事業を行なっていました。
 

大学という大きな組織に属する以上、こうした地域への奉仕というのはどんな形であれ行うべきだと思っています。

私の卒業大学では特に今力を入れて取り組んでいるようなので、私も何かの折には(微力ながら)伝えていこうと思っています。(やっぱり、お世話になった大学には何かの形でお礼が返したい)

 

そういう関係性や機会を与えてくれた組織や身の回りの人には最大限の敬意を払うべきだし、自分を孤立させないためにも必要なことです。そうすれば、決して社会や身の回りの人に無関心になったりすることはないし、自分から関係性をフェードアウトして行く必要もない。

空気読めよとかいう同調圧力によって社会から孤立しがちな発達障害者ですが、(そうじゃないただの自称コミュ障でも、)自分について意地悪や疎外しない人には敬意を持とうと思いました。

 

卒業後にどう自分のなりたい人間になるか

就職は安定してメシを食うための手段ですが、そこで自分のやりたいことができる人は一番ラッキーです。でも、大半の人はそうじゃないと思います。

 

無計画で30年やってきた自分ですが、大学でPDCAサイクルとか長期的予測とかいろんな実生活にスライドできる事を覚えたので、実践的に生かしていきたいと思っています。

 

まず、大切なのは現状把握です。

PDCAサイクルというものがあるのですが、自分の現状を認識し、身近な目標を立てて実行して行くというものです。

詳しくはこういう本が色々出ているので見てみてください。

 

自分を劇的に成長させる! PDCAノート

自分を劇的に成長させる! PDCAノート

 

 

 

私は現状としてメシを食えてない人間なので、とりあえず今の仕事をしつつブログを真面目に書き始めました。

これは、自分の体験を伝えることで、自分にとっても誰かの役に立つことにもなると思ったからです。

 

私としては、発達障害の人間が私のような苦しい思いをせずにきちんと社会に出て活躍できる場が増えて欲しいと思っています。

なぜなら発達障害の「障害」は、(後日後述しますが)「障害」ではないという意識があるからです。

 

社会が悪いと喚くのは確かに実際そうなのですが、何が、どうして、どのように悪いのか、きちんと現状を伝え続けなくてはいけないと考えています。

社会の制度が整えば、私があれほど泣いてきたつらい思いをする人が世の中から減るからです。

 

 

とりあえず、私は発達障害者と呼ばれた人間として、きちんと社会で発言力を持つような人になりたいです。

機会があれば復学したり、あるいは海外での取り組み、日本との違いなども調べたいです。

 

 

自分の寿命は限られているけど、一つ一つの積み重ねってすごく大事なことなので、少しずつでも世の中が改善するようにブログを続けたり、学んだり、誰かに傾聴したり、色々伝えたりしていこうと思います。

社会を動かす人=大卒ですし、そうした切符を(遅いけど)手に入れられたことでできる選択肢の幅が広がるといいな。